創造性の豊かさ

 
初代衆議院議長 片岡健吉
 今から140年前、高知県(土佐藩内)に住む若者たちは、坂本龍馬などの影響を受けて、創造的な生き方に心の燃える思いにかられていました。
 その中でも、特別に心燃えていた人は、片岡健吉でした。片岡は、先輩であり恩師であった板垣退助から熱烈なキリスト教精神を教え込まれ、すぐにその教えを実行した人でした。
片岡は、自分がやらなければと思ったことは、先ずイエス・キリストの御名によって祈りながら、十字架を負う心で実行に移しました。
すると、どんな大きな問題でも乗り越える力を心に受けることが出来たからです。
 片岡健吉は、板垣退助にすすめられて、日本の最初の衆議院の総選挙に立候補しました。その時、板垣は片岡に「キリスト教会の役員を辞めて立候補するように。」と奨められたそうです。
ところが片岡は、「それではキリストの十字架を負って、人々の役に立つ」という信念にそむく」と言って、「私はキリスト信者であるがために、国のため、土佐のために働きたい」と祈って、衆議院選挙に当選したばかりか、最初の衆議院議長に選ばれました。その後片岡健吉は、14年後に亡くなるまで、4回も衆議院議長に推されて就任しています。
 イエス・キリストは「十字架を負って私に従ってきなさい」と、呼びかけています。
十字架の苦しみは、人のために負う時、困難を乗り越える知恵と力が、神からその人の心に注がれるからです。それが、次から次へと創造的な生き方となった、片岡健吉の人生となりました。
あなたの知恵と力の源泉はどこにありますか?
 
【 あなたへお送りする聖書のみことば 】
心に植えつけられたみことばは、素直に受け入れなさい。
― ヤコブの手紙 1章 21節 ―
神は仰せられた。「私はあなたの口とともにある」
― 出エジプト記 4章 15節 ―
キリストは、私たちにとって、神の知恵となられた。
― コリント第1 1章 30節 ―
みことばについて

 
希望の灯りを照らした賀川豊彦
 日本の政府が、世界を相手に戦争を始めた頃、同じ日本人でありながら、世界中の有識者たちから尊敬された人が、賀川豊彦という人です。
賀川は、明治42年(1909年)、日本中で一番貧しい人々の住む、堕落の巣窟と呼ばれた新川のスラム街に飛び込み、間口一間(1.8m)、奥行き一間半(2.75m)の小屋を借りて、乞食、バクチ打ち、泥棒、売春婦、ハンセン病者等達の中で、トラホームをうつされ、目が見えない状態の中で、キリストの愛を実践し、社会に向けては、新聞や本で貧しい人々の苦しい状況を訴え続けました。
 また大正12年(1923年)の関東大震災では、世界中のキリスト教徒に実情を訴えて、大震災の苦しみにあえぐ人々を救済するために、寝食を忘れて働き、多くの人々を賛同者として育てて、そのときの東京市長であった堀切善次郎より、社会局長を懇請されるほどの大活躍をしました。
 しかし賀川豊彦をそのような人物に変えたのは、愛知県の蒲郡の海岸で、死期の訪れを待って、末期の結核との戦いにあえいでいた時聞いた、1つの話がきっかけでした。
愛知県の山間の奥地、奥三河でキリストの愛を山奥に住む人々にいのちを注ぐようにして支えて生きた“村井 與三吉牧師”のことを聞き、会ってその生き方に接触した時、賀川の心にキリストの愛の灯がともり燃え始めました。
 「どっちみち死ぬなら、療養して待つより、少しでも自分が受けたキリストの愛を私も村井牧師のように、人々の心に注ぎながら死にたい」と、立ち上がって神戸に帰り、新川の地に飛び込んだことが、愛に生き抜いた賀川の人生の出発点でした。
村井牧師こそ、賀川の自著 「一粒の麦」の主人公です。
 イエス・キリストは、「私があなた方を愛したように、あなた方も互いに愛し合いなさい」とおっしゃいました。
この愛のある心こそ、どのような助けをも生み出す、創造的な人生が始まるからです。 
 
【 あなたへお送りする聖書のみことば 】
愛のなり者には神がわかりません。なぜなら神は愛だからで。す
― ヨハネ第1 4章 8節 ―
苦しみに会ったことは、私にとって幸せでした。
― 詩篇 119篇 71節 ―
誰でも私について来たいと思うなら、
自分を捨て、自分の十字架を負ってついてきなさい。
― マタイ 16章 24節 ―
みことばについて

 
 
神に罪が赦された愛に生きたパウロ
 使徒パウロが、救い主なるイエス・キリストに出会ったのは、今から1960年近く前、今もシリアにある、ダマスコの郊外でした。
 キリストに出会う前は、キリスト教徒を迫害するための熱心なユダヤ教の指導者として、各地のキリスト教会で恐ろしがられていた人でした。
だから、彼はキリストに出会った時、自分の行動がどんなに罪深い恐ろしいことであるかを知りました。
彼の会ったキリストは「主」と呼ばれる神であった故に、当然、神の厳しい罪の裁きを受けることを考えました。
 しかし、彼がキリストから聞いたことばは、「あなたのしなければならないことが告げられる」との神のメッセージでした。
不思議な思いで、告げられた聖徒アナニヤに会った時聞かされたことは、「彼の罪の代謝はキリストの十字架の死によって、既に支払われている」とのことでした。
その事実を知って、感謝をもって十字架の贖いを受け入れたその瞬間、すべての罪が神によって赦されている証拠に、神から托された働きが用意されている人生に移されたことを知りました。
 使徒パウロのその足で歩いた行動半径は、全ヨーロッパに及びました。
パウロの人生は、キリストによって、いつも頭の中に注がれる知恵の故に、「すべては、神の約束のことばの通りになる」という、創造的な人生を歩む人生となりました。
だから、彼はその事実を「四方八方から苦しめられますが、窮することはありません。途方にくれますが、行き詰ることはありません。それはイエスのいのちの力が、この身において明らかに示されるためです。」と語る人生となったのです。
 あなたもイエス・キリストに会い、そのみことばを聞いて受けとる時、同じような人生を歩む「キリストの証人」となります。
 
【 あなたへお送りする聖書のみことば 】
しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない。
― マルコ 6章 50節 ―
幸いなことよ。主がその咎をお認めにならない人。
― 詩篇 32篇 2節 ―
キリスト・イエスにある者が、罪に定められることは決してありません。
― ローマ 8章 1節 ―
みことばについて

   

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